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世界はシンプル。力を抜いて、本音で生きる

祈りについて

祈りについて。おはようございます。

 

僕にとって、瞑想と祈りはとても近いもので、

 

いつも瞑想してるし、いつも祈ってる。

  

 


祈りは本質は「自分のためにしない」って思います。

 

初期の段階では自分への祈りしかできないかもしれないけど、

 

それが結局「自分の喜び」になることに気づけると、

 

だんだん「私(エゴ)」がなくなるから、

 

私的な祈りはなくなるのだ。

 


 

そもそも、祈りに「特定の他人」は介在しないとも思う。

 

「〇〇さんが私を理解してくれますように」

 

「〇〇さんと結ばれますように」

 

これは、他者への「コントロール」であり、

 

自分のための祈りになる。

 

エゴから発せられる物の多くは、根底に「恐れ」を含んでいるので、

 

そこは見逃したくないところだ。

  

 


祈るときは、

  

「自分」と「世界(自分以外の全て)」 

 

しかいない。

  

その「〇〇さん」も、「世界」に含まれるものと理解し、

 

自分の「投影」である事を知るといい。

 

「〇〇さん」の存在も、その人へあらゆる感情も、

 

自分自身の鏡なのだ。

  

 


宇宙は「愛という必然」しか起こさないのだから、

 

あなたは祈るときに、

 

そこに愛と必然性を見ること。

 

その祈りにより、

 

世界に愛のエネルギーが循環するのなら、

 

宇宙は必要と必然を理解し、

 

共同創造に向けて全力で動いてくれるだろう。

 

 

あなたの願いが、誰かの幸せになり、

 

世界の豊かさにつながる。

 

みんながもしそんな気持ちになれたら、

 

世界はとても平和になるよね。

 

今日も世界は美しい。

 

SNS投稿より。

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宇治の恵心院に来たら、雨が強くなったので、

雨宿りがてら瞑想なり。

 

雨の音。静かなお寺。とても心地良し。