遊ぶ、伝わる、ただ座る。

世界はシンプル。力を抜いて、本音で生きる

日記。

 

今年のGWは主に、

 

音楽作業で、「自宅録音」ばかりしてる。 

(とか言って、息子が休みだしね、ちょっと今日は一泊家族旅行中だけど)

 

PCの音楽ソフトとにらっめっこし、

 

数本のギターと、キーボードに指を這わせ、

 

「あーでもない、こーでもない」

 

と、曲をこねくり回したり、テイクを重ねている。

  

 

次のCDを作りたいのだ。

 

 

ここ2、3ヶ月。旅ばかりしてて、音楽作業が全然できていなかった。

  

 

だから久々に音楽に没頭しながら、手が空いたら、こうしてブログも書くけど、

 

小説を書いたりして、

 

なにかと創作意欲が高まっている。

 

僕の中のバランスを、こうして作っているのかもしれない。

 

神社ツアーや、トークイベント。スピリチュアルセミナー。

 

出してくイベントの多くは、おかげさまですぐに申し込みが入る。

 

 

でも「keusuke bar」に関しては、今回はどうあがいても敢行人数に達しそうになく、

 

早めに打ち切った。

 

もう少しギリギリまで待っても、

 

どうせ同じだけ会場のキャンセル料などを払うのだし、

 

なんなら少ない人数でもよかったのだが、

 

途中からどんどん「ワクワク感」がなくなっていった。

 

無理してテンションを上げて、

 

告知のために頭を絞ったが、ひとり相撲を取っているような感じで、 

 

エネルギーがまったく噛み合ってなかった。

 

 

改めて、自分が今やってる事が、

 

非常に微妙なバランスの上で成り立っているのだと知った。

  

始めるのも勇気がいるが、辞める、断る、というのはもっと勇気がいるものだ。

 

 

それもふまえ、

 

身辺に色々と「自分自身と向き合う」ことが多い。

 

そういう事がちょっと立て続けにあった。

 

でも、それは誰のせいでもないのだ。

 

 

例えば、誰かから「雑に扱われている」と感じるのは、

 

僕が、僕自身を雑に扱っているから。

 

それが、ただ世界に反映されている。

 

それだけだ。 

 

 

だから、僕はここ一連の出来事を通して、 

 

僕自身が、

 

感謝が足りず、

 

謙虚さを失い、

 

相手の気持ちを尊重せず、

 

相手の気持ちを信頼できず、

 

時に傲慢にさえなり、 

 

誰かに対してジャッジをしてる・・・

 

ということが、わかった。

 

 

もちろん、

 

それらはすべて「些細な」ことだ。

 

普通は「気にすんなよ」ってレベルだと思う。

 

それでも僕は、

 

その小さな「違和感」を、見過ごすことはできない。

 

その小さな違和感を放置すると、結果、大きな現象に繋がるから、

 

些細な感覚を、丁寧に見て取り、常に自分の真ん中に入れるように、

 

繊細に扱うのだ。

 

 

 

乱れる時って必ずある。

 

落ちる時。収縮する時。下がる時。

 

必ずあるものだ。

 

内面的にね。

 

ここで荒れたり、当たり散らしても、自己開示が必要な状況の人にはそれが「浄化」になるんだけど、

 

ある程度浄化が進んだ段階だと、それを表に放つと、

 

現実としてそれが具現化しやすいので、 

 

いちいちそれを開示することはない。

 

だからただ、

 

自分の体と心に、

 

丁寧に向き合うだけ。

 

 

例えば食べる。

 

よく味わって、よく噛んで、舌触りを楽しんで見る。

 

例えば歩く

 

自分の足に、どんな負荷がかかり、膝や腰や、体全体が、どうバランスをとるのかを感じる。

 

例えば話す、例えば聞く、例えば見る。

 

すべてを、今までよりも、ぐっと集中して、

 

世界を確かめて見る。

 

だから「楽器」に触れるというのは

 

僕にとって、とても大事な時間。

 

丁寧に楽器を弾く。音を聞く。

 

自分の心が、真ん中に戻る。

 

文章を書くのもそうだね。

 

こういう「散文」よりも、小説作品のような、

 

自分自身と距離を作れるような感じが、

 

今の僕には心地よいかも。

 

 

こうしてちょっと気分が落ちた時、

 

それを癒せるのは「人」ではないなと、

 

僕は昔から思っていて、

 

単調な「繰り返し作業」とか、

 

普段とはまったく違うことをするとか、

 

いつもと違う場所へいくとか。 

 

 

もちろんそれは僕の場合であり、

 

人によっては、

 

「誰か」の存在により、癒しが起こるのかもしれないけどね。

 

 

もちろん、家族がいるわけだが、 

 

自分の心はひっそり、1人で冬眠するようにして、

 

ただただエネルギーを充電している。

 

そう、エネルギーなのだ。

 

ある種のエネルギーが枯渇したのだ。

 

充電は、自然に起こる。

 

ただ、自分の体と向き合って、

 

心を感じているうちにね。